後期ヒッチコック。
見たと思っていたけど見てなかった。
オープニングの猫と泥棒のモンタージュが素晴らしい。
何度もミスリードさせる展開。
リアプロジェクションの多用。
花火を見ながらの大人の会話劇。
終始ケーリー・グラントの日焼けが気になる。
「箱入りの親なんてつまらないもの」
上映禁止にしたイギリスを煽りながら始まる素敵なオープニング。
「犬が化粧する世界で生きたくない!」と嘆くホドロフスキー映画を思い出した。
生きた虫に宝石をあしらう虫アクセサリー。
消毒をされて流れ作業のキス。
B級映画の世界のような本の表紙撮影。
政治家に憧れる人々が集まる広場。
「神曲」の絵画を文字通り地獄で描く画家。
今回は日本がなくて残念。
基本的に、未開な風習のある地域・民族(のようなもの)と過度な消費社会(のようなもの)の対比構図。
前回よりも頭でっかちになっていた気も。
映画が終わる瞬間はここ数年見た中でも上位のカッコよさ。
初ヤコペッティ。
今月20本無理そうなので、見易そうなものを。
15年前に見る予定だったシリーズ。
噂にいろいろ聞いていたため、概ね予想通りの印象。
「世界まる見え!」の元ネタのような作品。
海辺で人工呼吸をする少年少女たち。
死んでなお毒ウニを口いっぱい詰められるサメ。
骨を磨く家族。
ハンブルクの酒場の人々。
東京の二日酔いを覚ます施設。
カーゴ教。
辺りが良かったです。
2もあるのか…。
終盤の衝撃をもう一度味わいたくて。
フランス的下品な豪華さと、モダンな無機質さが合体した美術。
結果的にシュルレアリズムになっているのか、いないのか。
キャラクター造形も今となってはシュルレアリズム。
共通の言語を持ち合わせていないため、セリフもストーリーも頭に入ってこない。
テレビのワイプ画面のように、J.A.シーザーの音楽が盛り上がるシーンですよと指示してくれる。
最後、車に変身してレースになる展開は、やっぱり今回も脈絡が読めず。
情熱や執念や狂気といった製作者の魂は、大抵の作品の場合共通点がなくてもなにかしらを受け取ることができるのだが、この作品に限ってそれらはその言葉のまま宙に浮いている。
「なあに?また王子様の話?」
ノンフィクション・ノベル原作。
カポーティに特別な思いはないが素晴らしい映画だった。
監督は「暴力教室」の人。
いろんなテクニックを駆使しており、とても堅実に作られていた印象。
終盤、特に絞首刑に続く一連の主人公の吐露は「天国と地獄」よりも心に響いた。
同列にしていいのかはわからんが。
「冷血」の意味については諸説あるらしいが、映画においてのみでいえば、実際に起きた事件をここまでしっかりと映画として見れる(楽しめる)ものにしたこともまさに「冷血」。
そういう意味で、事件の全貌を終盤に持ってくる構成に違和感を感じた。
常に警察や陪審員側の目線でもなかったわけだし。
何にせよいい映画。
「かくも長き不在」を見終わったときのような疲労感。
「オルフェ 」の続編。
監督自身が「オルフェ 」の世界へ入り込み、委員会で裁判をされるというもの。
よく知らない詩人が雄弁を振るっても何も響かんわと身構えていたが、中盤以降完全に没入していた。
主要なシーンでは大体逆再生カットが挿入される。
裁判での議論は台詞の一つ一つが面白いのだが、すんなり頭に入ってこないので見直す必要がありそう。
後半の石像建築のシーンでは、ヴィジュアル、展開、演出、全てが至高。
特に女神ミネルヴァは素晴らしかった。
「8 1/2」的映画芸術によって監督自身の人生とその哲学が描かれる。
唐突にピカソが映っているが、最後に監督が解説する展開に笑った。
これは彼の生前葬だったのだろう。
こんな映画はもっとないものか。
「友よ、泣くふりをしてくれ。詩人は死んだふりをするだけなのだ」
イングリッド・バーグマンのハリウッドデビュー作。
シンプルなプロットの不倫映画。
ラストの展開は突然だったのでびっくりしたが、何か音楽の構成と関連しているのか。
それとも単純に息子と同様「代償」の扱いか。
ミッドポイントの別れのシーンが良かった。
オリジナルの「間奏曲」も見たい。
めっちゃ面白かった。
タイトルが「ストレンジャー・ザン・パラダイス」と混同するので深く調べず今まで見てこなかったことを後悔。
レコード会社に突撃するシーンの疾走感。
広角レンズに映る仮面。
音楽とホラーと女体、そしてダークヒーロー。
古典をしっかり踏襲した素晴らしい物語。
ラストの編集と音楽はとんでもない。
最後にデ・パルマの文字でビックリ仰天。
だからデ・パルマカットがあったのか。
あなたの作品で、思い出補正を抜きにして心から愛せる映画に出会えて良かったです。
そして「ワイルド・パーティー」を見たくなった。
処刑台繋がりで。
いつもごっちゃになっていたのでこれでもう間違えない。
主題歌がいい曲すぎる。さすがモリコーネ。
しかしアメリカの裁判で全編通してイタリア語なのが落ち着かない。
訴えたいことは痛いほどわかるが、作品として、ナショナリズムの傲慢さが出てしまっていたのが残念。
もう少し移民問題の知識があれば楽しめたかもしれない。
あとは「地下室のメロディー」を見たい。
この曲を本家以外で何度聞いたことか。
さすが名作。
上質なサスペンスで最後までグイグイ引っ張ったかと思えば、最後のカットに映像詩をさらっと入れる大人の余裕。
ルイ・マル25歳の時らしい。
ジャンヌ・モローが街を彷徨うだけなのにめちゃくちゃかっこいい。
これぞ映画。
やっと見れた!
たるい系のつまらない作品だと思っていたが、エンタメ精神盛り盛りのつまらない作品だった。
「スターウォーズ」あり、「2001年宇宙の旅」あり。
日本を代表するSFとして製作するにはプライドのかけらもない。
ただラストのとんでも展開は嫌いじゃない。
「幻の湖」を見たときの余裕が、今の自分にないことへの気づき。
やばい。
デレク・ジャーマンを好きになってきたかもしれない。
「ブルー」も「ザ・ガーデン」も、台詞の一つも思い出せないというのに。
気の利いた台詞と舞台的演出、コミカルなキャラクターたちでめちゃくちゃ見易かった。
「ヴェルクマイスター・ハーモニー」の人間天体をやってた。
トルストイとドストエフスキーの名前を挙げた後に「あなたクリスチャン?」と聞かれていたが、黒澤明は「矛盾している」と指摘されたはず。
トロツキーに対してロシア語の女性がなんて声を荒げていたのかが気になる。
彼がゲイから一旦離れた映画を見たい。
そして完璧で美しいラスト。
「澄んだ水を濁らすのは哲学者なんだよ!」
初キートン。
出てくる演出が手品としての役割が多かった気がする。
1924年時点において映画の手品的表現はどういう扱いだったのか気になる。
最後の、映画を参考に女を口説くシーンが良かった。
許可なくバンバン撮影できた時代が羨ましい。
映画を作れるのはごく一部の富豪だけだろうが。
松たか子と庵野が出ているので集中力は途切れない。
怒鳴る庵野。
嫉妬する庵野。
拗ねる庵野。
どれも可愛い。
「チィファの手紙」はもう少しシリアスに見えたが、庵野がやるだけで全部コメディにしか見えない。
あと松たか子の演技が年齢に合っていない気がしたが、多分好みの問題。
脚本はほぼ同じなので、この調子で三本目を撮る予定なのだろうが、まだ撮れていないということは昨今の韓国映画界事情か。
妹の告白シーンは「チィファの手紙」の方が断然よかった。
「誰かがその人のことを想い続けていたら、死んだ人も生きていることになるんじゃないでしょうか」
60を越えて尚こんな台詞を決め台詞として使えてしまうことに絶望。
そう意味では庵野と岩井俊二は気が合うんだろうな。
高校の時に見ていたと思ったが何も覚えていなかった。
てか「耳をすませば」ってこれが元ネタだったの?
製作期間被ってそうではあるが。
岩井俊二は「リリイ・シュシュのすべて」といい、素材は違ど人の心を殺しにくるのがうまいな、とか考えていたら終盤の病気ネタで幻滅した。
助監行定だし、この映画からセカチューができて、今の病気もの映画大量生産の流れがあるのか?
諸悪の根元!
でもいい映画だった。
主演の市川雷蔵が「MISHIMA」の主演と似ているのはポール・シュレイダーがこの映画を参考にしたということなのか。
似ているカットも多々あった気がする。
オープニングの寺の間取り図がかっこいい。
偽善と偽悪の対決。
中村玉緒はずっと身体を掻いていた。
火をつけた後、仏像と目が合ったかのようなシーンに戦慄。
結局絵の良さはいかに広い空間を見つけるか。そしてどう人物を配置するかに尽きるな。
モノクロでシネスコの良さがバッチバチの映画だった。
洋風サスペンス風な終わり方も良い。
「暗い毎日をたった一人で生きることを覚えたら、人とすらすら話しができんようなるんや」
ATG、梶芽衣子、増村保造。
宇崎竜童の演技と音楽がうざい。
増村保造作品はあまり見ていないが、演出がコメディ調な部分が多々あり、あまり好みではなかった。
もっと名作なったんちゃうか。
心中は新しい恋の形だったんだな。
オープニングカット、「狐が横切るお釈迦様」かと思った。
「おーおーおーおー懐が金で重たいわ!」
チェン・カイコー。
「キリング・ミー・ソフトリー」以来二本目。
凄かった。ずっとクライマックス。
「鬼が来た!」の騒々しさに群集の波が加わるからもう手が付けられない。
情報過多の映像で時代、文化、愛憎が駆け巡る。
この流れで「フルスタリョフ、車を!」を見たら少しは理解出るかもしれない。
舞台から見る観客席の旗などの描写によって、大衆文化、帝国主義、共産主義へと移り変わる構図が秀逸。
そして舞台からおりてその衣装のまま文化大革命へ…。
青春時代に見損ねていた映画たちを見ると感情溢れてくる。
めちゃくちゃ良かった。
ソ連特撮。初のシネスコ作品。エキストラ10万人。
オープニングで巨大な神が現れるとこが素晴らしい。
怪獣でもロボットでもなく、「自分と同じ姿をした巨大なもの」の恐怖が一番効くな。
人で山を作るところはロシアらしくて良かった。
スラブ神話はそれぞれの国の建国やアイデンティティに関わるから面倒な分野らしい。
これだけの規模なのに有名作品でないのは、そういう面も関係していそう。
その点ハリウッドは歴史が浅く、文化も神話もないからこそ為し得た今の立ち位置なのか。
てかキングギドラ出てきたよ!
東宝パクってますわこれ。
シリーズ全部見返すのは流石にしんどかったので最後だけ。
タイムトラベルの理論が量子力学あたりから有耶無耶になっていた。
メビウスの輪を使ってなんたらかんたら。
仕方ないか。
キャプテン・マーベルがスコットピルグリムに出てた女の子とだとわかってテンション上がった。
「西瓜」の日本版ポスターでイメージしていたのは「夏至」のような雰囲気だったが、なかったのでこちらを鑑賞。
湿ったベトナムの空気感が心地良い。
シュヴァンクマイエルの「アリス」の東洋版を見ているようだった。
おならをしながら嫌がらせをしてくる子供。
高い陶器を割っても「困った子だね」で済ます先輩使用人。
せんねん灸。
コオロギを持って出るのは何か文化的な意味があったのか。
「月光」が流れる中ご飯を用意するが、食べてくれない。
女はムイにセックスを見せつけるためにドアを閉めさせまいとする。
タイトルの構図がメタルバンドっぽいのだけが気になった。
果たして今年ベトナムへ行く計画は成功するのか。
行ってもこの映画に出てくるような家屋は富裕層の家っぽいのでなかなか出会えなさそうだが。
ツァイ・ミンリャン二本目。
日本版ポスターはアダルト感なかったので、AV的なセックスシーン(というか主人公がAV男優)が各所に出てきてびっくりした。
かと思えばミュージカルがあり、長回しのカットもあり、「落日」を撮った監督とは思えないほどテンポよく作られていた。
男女の恋愛シーンでは人物にはシンプルな演出で、しかし感情はカメラワークや身の回りのものを使って抽象的かつ的確に表現していた。
教授が言ってたのはやはりこの監督かもしれない。
曲の使い方とかも。
かといっても内容は村上春樹みたいな話だったので、彼のもっと暗い作品が見たい。
「あれ?キャップがない!」
劇場:TOHOシネマズシャンテ
んーなんとも感想が難しい映画だった。
「怪奇譚」という言葉にまんまと釣られて鑑賞。
映像は常に美しいし、演出も楽しめた。
アルマの仏頂面が「オテサーネク」の女の子みたいで可愛いいし、姉の死体のまねをするシーンの不気味さはこの映画の最高潮だった。
イルムのいまにもカルトに倒錯しそうな母親感も素晴らしかったし、ラストの農場でのマルティン・シュリーク味も良かった。
しかしストーリーはわかりづらく、バラバラに編集されていた意図もよくわからなかった。
いつの時代でも変わらない呪いという表現かもしれないが、4世代なんてただでさえ追い辛いのに、考えることを停止させる要因になってしまうのではないか。
後からの考察ありきで作られていたのか、「闇のあとの光」を観た時の感覚に近い。
女性への加害が描かれていると思ったら、男性への加害もちょいちょい描かれていたので、時代による場所、もしくは人間への呪いの物語なのかと思っていたが、考察等を見ると、「女性への加害」や「女性への抑圧」一色で困惑した。
確かに監督もそう発言しているので大きなテーマはその通りなのだろう。
しかしだとすると現代パートの玄関先で旦那のペニスを愛でるシーンをどう解釈していいのかわからない。
男女逆だったら「加害は続いていく」みたいな考察で納得できるが、女性が男性へ加害したことによりテーマがブレた気がするし、あれを加害として描いていないのだとしたらとても軽率な演出だと思う。
単純に「加害の逆転」なのだろうか。
その辺のバランスが掴みにくく、鑑賞後の様々な感想に惑わされた作品だった。
ジャンルものであればすんなり受け入れられのに。
「プロジェクト・ヘイル・メアリー」にすれば良かった。